第2章 芽生える
午後の訓練が早めに終わり、水で顔をぱしゃぱしゃと洗ったあとに目を閉じたままタオルに手探りで手を伸ばしたときに、ふわっとタオルがマヤの手のひらに押しこまれた。
「………?」
慌ててタオルで顔の水気を拭き目を開けると、ミケ分隊長が立っていた。
「……あっ、分隊長! すみません」
マヤは背の高いミケを見上げながら謝った。
ミケの身長は195~6cmはあるだろうか、155cmのマヤとは40cmほどの差がある。
「マヤ、マリウスの代わりに俺の執務を手伝ってくれないか」
マリウスは正式な分隊副長ではなかったが、ミケの指名により執務の補佐を務めていた。
その代わりを務めてくれないか… と、声をかけてきたのだ。
マヤには断る理由などなかったが、かといって立派に務められる自信もなかった。
「……あの、私で務まりますか?」
「あぁ、大丈夫だ」
砂色の長い前髪に普段は隠れがちの小さな目が、優しく笑った。
その笑みに思わずつられてマヤも笑う。
「やってみます」
「ありがとう」
ミケはくるっと背を向けながら、つぶやいた。
「では… 行こうか」
「今からですか?」
すでに数歩先を行く大きな背中から、声が聞こえる。
「そうだ」
マヤはその背を見ながら、あとをついていった。
ミケは一度も振り返らず、黙って幹部棟へ向かう。
調査兵団の兵舎は、三棟から成り立っていた。
まず正門から見て、正面にそびえている幹部棟。この一階には玄関ホール、応接室、来賓室、事務室。二階に団長室、幹部の執務室、会議室。三階は幹部の居室になっている。
幹部棟からは東西二本の渡り廊下が、一般棟に向かって伸びている。
一般棟はコの字型になっており、中庭を挟んで一般兵士の男子と女子の居室棟に分かれている。その二つをつないでいる棟の一階に食堂、談話室。二階に医務室、リネン室、備品室、技工室。三階に図書室、資料室、予備室がある。
給湯室は、各棟各階に備えつけられている。
また風呂は、一度に二十人程度が浸かることのできる大浴場が独立してある。ちなみに幹部の居室には、小さいながらも風呂とトイレがついている。
ミケとマヤは、幹部棟の階段を上り執務室の前までやってきた。