第26章 翡翠の誘惑
「そうですよ、タゾロさん! 本当に…、とんでもない勘違いですよ? そんな… あの三人が、私のことで頭をいっぱいにする訳ないじゃないですか。大体、一緒に訓練をしていたって、全然そんなそぶりはないですし」
……おいおい、ギータはお前と訓練しているときに、わかりやすく顔に出てるぞ?
やっぱりマヤは鈍感だ。俺が伝えてやらないと、自然にギータの想いに気づくことなんてありえないだろう。
でも伝えられそうにない。
これ以上つづけては、かえってギータにとってマイナスになる。
「……そうか。そんなそぶりはないか。わかった、俺の完全な勘違いだな。だからもう怒るなよ…」
「怒ってませんってば。ただ、さっきのタゾロさんの話じゃ、まるで三人が私のことを好きみたいな感じだったから、そんなことは絶対ないし、逆に三人に申し訳ないだけで…。本当にどこをどう見たら、そんな風に勘違いしちゃうんですか」
まだぷりぷりと怒っている様子ではあるが、本人いわく怒ってはいないらしい。
……というか、どこをどう見れば勘違いも何も、勘違いじゃないんだけどな。
マヤ、お前も大概… 鈍感だな、とでも言い返したいが言い返せない。
ここはギータのために我慢だ。
「ははは、悪かったな。だがな、若い男が女で頭がいっぱいなのは本当だからな? そこんところは覚えておいた方がいいと思うぜ?」
「はぁい…、了解です」
ようやくマヤも、いつもの落ち着いた様子を取り戻したようだ。
「……で、このあとだけど、どうする?」
「そうですね…。アルテミスのところに行きます」
「そうか…。そうだな、それがいい」
実のところ、うまくギータの想いをそれとなく伝えて、マヤを意識させたところで、第二部の訓練を一緒にやろうと誘って連れ出すつもりだったのだが。
見事に失敗した今となっては、今日は別行動の方がいい。
「では厩舎に行きますね。お疲れ様でした」
「あぁ、お疲れ。明日な」
「はい!」
白い歯を見せて笑ったのちに、くるりと背を向け厩舎に向かうマヤ。
その背で揺れる一つに束ねられた長い鳶色の髪を見つめながら、タゾロはもう一度… 今度は声に出してつぶやいた。
「すまん、ギータ。失敗した…」