【リヴァイ】Calmi Cuori Appassionati
第23章 My Love Blooms for You
娘の家は代々この山を守ってきた家系で、ウォール・マリア奪還後に麓にあるこの家に戻ってきた。
特に何があるというわけでもない山だ、普段は狩人が入るくらいだろう。
そもそもウォール・マリアを取り戻した今、調査兵をほとんど見かけないし、目つきが悪いし、陰気だし・・・もしかしたら何か良からぬことを考えているのかもしれない。
そこまで思ったところで、女ははたと気が付く。
「たった一つ、この山にあって他にはないものがあるとすれば・・・」
それは、この季節に一瞬だけ咲く珍しい花───
その花を知っているということは、彼はおそらく・・・
「兵士さん!!」
振り向いた、冷たい瞳。
ゾクリとしてしまうほど感情の無い目をしている。
壁の外の世界など見たこともない彼女には、彼が今まで何を見て、何を失ってきたのか分からない。
何を思って夜の山頂を目指すのかも分からない。
だけどどうしても呼び止めて、伝えなければならないと思った。
「す・・・数日前です!」
二人の距離はおよそ10メートル。
暗すぎて表情までは分からないが、兵士がじっとこちらを見ていることだけは分かる。
「父が“開花”を確認しました。すでに麓まで花弁も落ちてきています」
淡い薄桃色の花。
壁内ではこの山にしか咲かないそれは、ある少数民族が愛でてきたという。
「・・・・・・・・・・・・」
この兵士は間違いなくあの花を知っている。
そしてきっと、彼にとってとても大切なものなのだろう。
山守の娘は不思議と涙が出そうになる感覚を覚えた。
彼の向かう先は濃い暗闇。
小さなランプ一つでは危険だろう。
それでも山は彼を歓迎するかのように、頂から優しい春の風を落としてくる。
「この先1キロほど行くと、右に傾いた杉の木があります。その脇の獣道を行ってください」
「獣道・・・?」
「そっちの方が山歩道よりもずっと早く山頂に着けるから・・・山の人間でなければまともに歩くことすらできないような悪路だけど」
女は今話しかけている兵士がそんな心配など無用の、並外れた身体能力を持つ男だとは知らない。
小さな声で「ありがとう」と言って静かに暗闇の中へ消えていった兵士の背中をただ見つめることしかできなかった。