第9章 ヘイアン国
「それで気まずいわけね」
「いやあの気まずいだけなら自業自得だし耐えるんだけど、この場合、責任ってどうなるの……?」
話題の気まずさからコーヒーをすすろうとしていたクザンは激しく咳き込んだ。
「うそぉ!? ロウちゃん妊娠!?」
食堂の視線が一斉にこっちに向いた。センゴクの養女で元女優の美人大佐のファンは多い。
「してないから!! 声が大きい!!」
しーっと口をふさがれ、イスを蹴って立ち上がってたクザンは座り直した。
「というか、こういう時こそ『サイレント』使いなさいよ」
「ああ、そうか忘れてた……役に立つことあるのね、この能力」
「ちょっと」
防音壁を張ったのを確認して、クザンは身を乗り出した。
「本当に妊娠してないってことでいいわけね?」
「してない。それは大丈夫」
「じゃあ……その、病気移されたとか? やり逃げした男に責任取らせたいっていうなら氷像にするよ」
見知った娘に無体を働いた男なぞ許しておけない。気は進まないがいざとなったら赤犬にだって声をかけよう。「おんどりゃあ男ならきっちり責任とらんかい!!」と消し炭にしてくれるだろう。
ちなみに黄猿は「うーんクズの中のクズだねぇ」とか言いながら光速で足蹴にしそうである。
「氷像か……やっぱ責任から逃げ出したらそういう目にあってしかるべきよね」
絶望的にロッティは両手で顔を覆った。
「いやまあ氷像はやりすぎとしても、一発殴るくらいは――」
困惑しながら声をかけると、お花畑で蝶とたわむれるような浮世離れした声が響いてきた。
「いたいた。お嬢様ー、婚姻届持ってきましたよ~」
「お前が責任取れって迫ってんの!?」
まさかの浮かれきった『狂犬』の登場に危うくクザンはカレーをひっくり返すところだった。
「これは先輩、ご機嫌麗しゅう。結婚式の日取りが決まったらご連絡しますね。あ、僕のところは書いて来たのであとはロウさんのサインだけでいいですよ」
ロッティは両手で顔を覆って絶望に沈んでいる。対するツバメはいつの間にか名前呼びにまで発展していた。さながら天国と地獄のような光景である。
「ロウちゃん……いくら何でも相手選びなさいよ」
「反省してます。本当に後悔してます。お酒飲んでてよく覚えてないの」