第9章 ヘイアン国
(クソ、そう簡単にはいかねぇか……っ)
ブリキの歌姫は歌い続けている。それに合わせるようにスカートの下から舞うのは、付近を埋め尽くすような巨大なシャボン玉だ。中には可燃性のガスが入っており、ちょっとの衝撃で割れて爆発する。
衝撃に含まれるのはローの斬撃もだった。しかも誘爆して連鎖爆発を引き起こすのでうかつに攻撃できない。
位置を入れ替えようにも、周辺はガス性シャボンで埋め尽くされていた。
リトイと背中を合わせながら、逃げ場を失い二人は追い詰められていく。
「便利な能力でなんとかならないの?」
「ものぐさ扱いしておいて、都合のいい時だけ頼ってくるな」
歌が止む。舞台は整ったとばかりに。
ブリキの人形が笑みながら両腕のアームを持ち上げ――スカートの中から四方にミサイルを飛ばした。シャボンが一斉に爆発し、ローは反射的にリトイを掴んで最大限にROOMを広げる。
「え、ちょ、なにこれ!? どうなってるの!?」
爆発の届かないはるか上空に位置を入れ替えられたリトイが叫ぶが、構ってられなかった。
上空からブリキの歌姫に向かい、ローは鬼哭を振り下ろす。だが落下しながら狙いを定めるのは難しく、斬撃はわずかに逸れて歌姫の片腕を切断した。
「きゃあぁぁぁ! 落ちる! 落ちる!!」
パニックになって叫び続けるリトイを掴んでローは地面の小石と自分の位置を入れ替えた。リトイを放り出し、歌姫の完全な破壊を狙う。
しかしその前に腕を落とされた歌姫は叫び声を上げた。開幕の声とは比べ物にならない鳴音に、刀を落としてローは耳を塞いだ。そうしなければ意識を保つことさえ出来なかった。
周囲の空気が変わる。ざわざわと音を立て、街を埋め尽くす勢いでブラッドリーの人形が集まってくる。
家に閉じこもって身を守ろうとしていた街の住人たちが次々と悲鳴を上げた。人形たちは住人たちを捕らえ、盾に縛り付けてローたちににじり寄る。
「た、助けて……っ」
「攻撃しないでくれ! 爆発する……っ」
想像もしなかった卑劣な攻撃に腹の底から怒りが湧き上がるのを感じた。能力で住民を入れ替えようとしたが、その手にリトイがしがみつく。
「やめて! 攻撃すれば人質ごと爆発するわ……っ」