第5章 密航者
「……何の用だ。いま密航者を海に叩き落とすのに忙しい」
受話器の先から事情を察したらしいマダム・シュミットのため息が聞こえてきた。
『ああ、やっぱりそこにいるのかい。困ったねぇ』
「困ってるのはこっちだ。送り返す義理もねぇぞ。小舟で下ろすから勝手に拾いに来い」
最大限の譲歩だと、ローはそれ以上譲る気はなかった。しかし当然マリオンはわめいた。
「ええ!? ちょっとここグランドラインなんですけど!?」
「知るか。せいぜい嫌いなサメに会わないよう祈るんだな」
「無理だって! 俺の祈りは効果0が立証されてるんだよ!!」
「なら頑張って泳げ」
珍しくが口をはさまないので、ローは鬼船長の本領を発揮した。当のはベポが持ってきたせんべいを一緒に食べている。間食禁止だとベポには言ってあったのに、を巻き込めば船長も許してくれるだろうという考えがあざとい。
「不安ならこのシロクマも一緒に漂流させてやる」
「えー!! キャプテンごめんなさい!!」
「ベポはダメ、ベポはダメ!」
豚の着ぐるみに抱きついて、はふるふると首を振った。
「あのちゃん、俺も――」
一方的にを知っているらしいマリオンが、温情をせがむ。ムカッときてローは彼の背中を足蹴にした。
「何を軽々しくうちのソナーの名前を呼んでんだよ」
の手を握ってマリオンは色っぽく告白した。マルガリータとうりふたつの容姿なので、まぎれもない美少年の告白だった。
「姉から君の話は聞いてたよ。初めて会ったって気がしない。君と一緒にいたくて船に乗り込んだんだ」
「……シャチ、こいつを海に叩き込め」
「アイアイ、キャプテン」
うちは恋愛禁止なんだよ、と死刑宣告のようにシャチは冷たく告げる。
は心動かされた様子もなく、マリオンにバイバイと手を振った。やけに反応がドライだ。
「……、まさかと思うがこいつに何もされてねぇだろうな?」
「うん。……でも私、密航者きらいなの。奴隷時代にごはん盗まれてあやうく餓死するところだったから」
ベポの手からせんべいの袋をむしり取って、ローは「いっぱい食え」とに手渡した。シャチもペンギンもあまりの不憫さに号泣寸前だった。