第1章 夜明け
「今度こそおとなしく、一番目物を粛々と演じて切り抜けてやろうかとも思ったんだけどね」
薬師から止められていたが、座長は供のものに煙草盆を用意させると、
煙管に火を入れ、うまそうにそれを吸った。
「だけどね、それじゃあ面白くないだろう。」
皆が息をのむ気配が伝わってくる。
座長の胸の中に、静かな炎がともった。
それは小さく、だが確かなぬくもりとなって彼の体の中を力強く温めた。
「私たちは、踊り子さ。しがない、踊るしかできない生き物だよ。
そうさ、踊ることならば、この日ノ本の誰にも負けない生き物なんだよ。
私たちは、踊り子なんだ。皆。わかるか。踊り子から踊りを取り上げれば、後に何が残る。」
座長は、もう一度深く息を吸い、そして立ち上がった。
「おんなじ最期ならね。踊り子らしく踊って迎えようじゃないか。」
戸惑いに揺れていた瞳が、一つ、また一つとしっかり澄んでいくのが、一段高くなったここから見て取れる。
座長は、老いが深く刻まれたその顔に、にんまりと満足げな笑みを浮かべた。
踊り子が、舞台で死なずにどこで死ぬ。
迷っていたが、演目ももはや決めた。
「演るのは、『巴』だ」
皆が再び、驚きにどよめいた。
誰よりも、傍らの一番弟子が腰を浮かせる。
「わたくしは、『敦盛』と聞いておりましたが」
「風雅を解さぬ凶王の前で、おとなしく定番なんぞ演っていられるかよ」
座長は再び、にやりと笑う。