第4章 月と踊り子
あくる朝、大谷はいつものように前触れなく、石田邸を訪った。
しかし、いつもと異なり、三成本人の用意はまだできていないという。
――先ほどまで朝湯を使われておりましたゆえ
と、当人も戸惑い気味の小姓の様子に、いぶかしむように眉をひそめた大谷だったが、
ほどなくして部屋着の三成が、いつもと同じ仏頂面を引っさげて現れた。
心なしか、肌の色がいつもより良い気がする。
さては、と思い、大谷は早速昨夜の様子を尋ねた。
「して、どうであった。
約束通り、娘は無事、主の寝所にまっていただろう?」
すると、三成からは、いつものように、ひどくそっけない返事が返ってきた。
「ああ、『まって』いた。」
――見事であった。
そう答えて、三成は庭先から差し込む朝日の方を見つめる。
その横顔が、初めて、彼の年相応の表情を浮かべた。
半身は未だ薄暗がりの中だが、もう半身をここまでは届かないはずの朝日に照らしながら、
三成は小姓が差し出した茶を、無表情にすすった。
大谷は、内心小首を傾げたが、まあよい、とばかりに肩をすくめ、
「主の望みがかなえば、我としても、重畳というところだ」
彼にしては珍しく、思うところを素直に口に出した。
そうか、と応える三成の目は、朝日に舞う小さな鳥の姿を追いかけていた。
先ほどまで、庭先の水盤で水を浴びていた鳥だった。
ひらひらと陽光を散らして舞いながら、その姿はいつしか光の彼方へと消えていく。
また、戻ってくるだろうか。
――戻ってこなければ、捕えに行こうか。
ふ、と笑みがこぼれた。
その時が来るまで、今しばし自由に舞い続けるのもいい。
――彼の目に、庭先に翻る白い衣の幻が浮かんで、消えた。
その後、不世出の舞姫の名をほしいままとした、●●擁する△△座は、
凶王すらもその演舞でなだめたという伝説とともに、その地位と名声を不動のものとしていくが、
それはまた、別の、物語。