第1章 夜明け
上弟子たちの間では、神事が中心の一番目物の上演案を座長が退けたことで、
恐らく武家受けのする勇士物が演目となるに違いないという認識があった。
特に、もっとも芸達者と言われる一番弟子の兄弟子がシテを張る『敦盛』が、
演目になるのは間違いないと思われていた。
それが、『巴』とは。
前シテの「里の女」、後シテの「巴」ともに、どちらも女の役どころである。
特に、凶王が所望する「△△座ならではの演出」を貫くならば、面をつけないため男では演じられない。
つまり、「巴」を演じるには、シテは、全員男である上弟子たちではないということになる。
これには、上弟子たちが全員腰を浮かせた。
反対です、と真っ向から否定するものまでいる始末だ。
座長は苦笑する。
これでは、次にシテに指名するものの名を呼んだら、彼らはいったいどういった反応をするだろう。
心が高鳴る。
そうだ。これが踊り子というものだ。
正道ばかりを進むものではないということを、この体で余すところなく表現するのだ。
座長は、噛みつかんばかりの上弟子たちを無視して、
万座の隅々にまで届く声でこう告げた。
「前シテ・後シテは●●。お前に任せた」
その視線の先は、最も近い上座の弟子たちではない。
広間の中央、人のひしめきの中心でもない。
ほとんど縁側に近い、下座中の下座に、座長が最初に口を開いた時から身じろぎもせず座っている、
――●●。
△△座座長のたった一人の孫娘の上に注がれていた。