第4章 月と踊り子
「石田様」
震える声が、一瞬だけ、静まる。
――これしか、ないのだ。
●●は、小さくを息を吸ってから、思い切って立ち上がる。
触れる視線から伝わる感情の糸を、片手にまとめて引き寄せるように。
「一曲、披露させていただきます。」
扇もない。
鬘もない。
化粧はもとより、衣装もこの寝間着のような夜着だけだ。
それでも、●●は胸を張った。
月明かりに輝く庭先に、一人歩を進めると、そこで目を閉じ、
いつか、祖父と見たことのある中で、一番美しい光景を思い出す。
降りしきる、白い花びらが舞う小路。
まだ寒さの残るころだったから、あれはきっと桜ではない。
この世のものとは思われない香りが、あたり一面を埋めていた。
その小路を、片方の手を祖父とつないで歩いた。
もう片方の手を取るのは、記憶の彼方に霞みかけている父だ。
その隣に微笑むのは母の姿。
あれは、きっと、梅の花。
桜よりももっと淡い、月光の欠片でできた花。
――身体が、自然と動いた。
緩々と、手足が型をなぞる。
ゆっくりと、あのおだやかな光景を手繰り寄せるように。
小春日和の風に乗った、月光の面影を確かめるように。
●●の身体は、もう何も感じなかった。
視線も、戸惑いも、恥じらいも、何も。
無心の舞が、内側から溢れ出す。
――三成も、また。
呆然とその舞を見つめていた。
『賀茂』、か。