第4章 月と踊り子
それはあの古刹で見た、「巴」を演じた舞手、△△座●●だった。
いかにも着なれぬ様子の、純白の夜着に身を包んだ●●は、形の良い目を大きく見開いて、
「石田、様」
とか細い声で呟いた。
その姿から、あの夜の勇ましい「巴」ぶりを思い起こすことはできない。
それはただひそやかに闇夜の中に浮かぶ、
――最後の白牡丹だ
夢の中の声を思い出した。
あれは、夢ではなかったのか。
●●の目もまた、三成を見つめている。
――お月様。
心臓が、またしても跳ねた。
胸苦しさは、先ほどの風に乗ってどこかへと消え、
ただ、ひたすら、跳ねる心が内側から●●の胸を打つ。
こんなに、近く。
空に浮かぶ月と同じ、銀色の髪が夜風になびいている。
以前見た戦装束ではなく、もっと軽やかな稽古着をまとっているが、
それは細身の体に映え、●●は思わず自らの胸元を抑えた。
その様子に、ほんの少しだけ戸惑ったように首を傾げながら、三成は不意に顔をそむけた。
「刑部め、何か勘違いをしたようだな」
え、と●●も小首を傾げる。
「…私が、お前を望んでいると思ったようだ」
●●の頬に、さっと朱が差した。
思わず、といった様子でうつむく仕草が、いかにも初々しい。
三成の目にも、それはどちらかというと好ましいものとして映った。
あの夜、かがり火の中に舞った姿とは程遠い、ひどく生娘めいた仕草。
――愚かなことだ。
「私は、誰も望まない」
整えられた布団には、ご丁寧にも枕が二つ並んでいる。
枕も布団も、間違いなく己の所有物であるにも関わらず、ひどく他人ごとめいて映るのは、
ここしばらく横になって休むことなどなかった生活のせいだろうか。
「ただ、話がしてみたかった」
――それが、正直な三成自身の欲求だった。