第4章 月と踊り子
全ての景色が急速に闇に引き戻り、暖かな思い出は、
その収束に巻き込まれてすぐに希薄に散った。
辺りは、ほとんど真の闇に浸されたままだ。
手に残ったのは、あの柔らかな感触だけ。
それも、握りこめた手を再び開いた途端、もうすっかり消え去ってしまっていた。
三成は、茫洋と霞む頭を二三度振ってから、一つ大きく息を吸う。
壁を背に、愛刀を抱いて、短い眠りに落ちていたらしい。
毎度の鍛錬の後、私室に戻って意識を失ったのだろう。
そういえば、ここの所ほとんどまともに眠っていなかった。
立ち上がると遠くから、どこぞの寺の鐘番が撞く鐘の音が響いてきた。
時刻を知らせるその回数を数えると、思ったより、夜は更けているようだ。
辺りを見渡す。
眼前の寒々しい私室には、来た時と比べて明らかな違和感がある。
ほとんどと言っていいほど物のない部屋だけに、
その違和感は否が応でも目についた。
いつのまにやら整えられていた寝床の脇に、決して大きくない人影が、一つ。
行灯の明かりにその影を長く伸ばし、こちらに背を向けて座り込んでいる。
――夢、か
三成は、息を飲んだ。
その白い着物を身にまとった姿は、先ほどまで伸ばしたこの手の先に触れた存在とひどく似ていた。
ふと、人影が何かの気配に気づいた。
たどたどしい動きでこちらを振り向く。
時間が、止まった。
夢の中に吹いていたのと、同じ風が庭先から吹き込んできた。
夏の名残をわずかにとどめた、ほとんど秋の夜の温度の風だった。
三成の目が、しっかりとその者の姿を捕えた。
――踊り子。