第4章 月と踊り子
――三成よ、見事なものだろう。
今までも、そしてこれからも、彼が望み続け、もう望むべくもない彼方から聞こえる声が響く。
瞬間、彼は己がまだ夢のうちにいることを忘れた。
歯を食いしばるように、ほとんど泣き出したくなるほど痛んで詰まるのどの痛みをのみこんで、
三成は、声の主の方を振り仰ぐ。
出会ったころから今に至るまで、保ち続けた純粋な憧憬と、満身の尊崇を込めて。
彼はその名を呼んだ。
――はい、秀吉様。
その瞬間、夢の中が目覚ましい夜明けを迎える。
一陣の突風とともに、闇夜の端が見る間に明るい菫色に染まり、踊る花びらは梅から桜へ、
そして名残雪のひとひらへ、強く吹く風に巻き込まれて散り行きながら、
透明に澄み渡る空の薄青の中に溶けて行った。
すさまじいその風に思わず身を庇う。
顔を覆った両手をゆっくり外すと、そこにはもう、秀吉の姿はない。
代わりに、庭先に先ほどの踊り子が一人、彫像のように佇んでいる。
白く長い衣で全身を覆い、もう舞を止めたその体は、先ほどより二回りは小さく見えた。
ほとんど、何も考えることが出来なかった。
こびりついた柔らかい楽の音、白梅の残り香、すぐ隣で感じた力強い存在感、すべてがない交ぜになって、
三成の周りを膜のように包んでいる。
不快ではなかった。
それどころか、しばらく振りの「凪」が訪れたように感じた。
不意に、白い踊り子はその手をゆっくりと上げ、こちらへ乞うように片手を伸ばした。
はらりと白絹がその腕から落ちる。白い、生々しい質感の腕。
三成はほとんど這うようにして、踊り子に近づく。
自らも手を伸ばして、その手の前にただよう宙を、何度かむなしく掻いた。
指が、指に、触れた。
温かく柔らかい、凪いだ心が熱くなる。
もっと、傍に。
思い切って、その手首をつかんで引き寄せた。
――その途端に、まるで幕引きのように、夢の光景が消えた。