第4章 月と踊り子
――闇の中に、一輪の花が降った。
最後の白牡丹だ、と誰かの声がする。
咲き初めの梅の香りが辺りを満たす、濃厚な闇夜のさなかに、遠い胡笙の音が響いた。
高く低く、絡み合うその音色に乗せて、夜風が渡る。
一斉に、梅の花びらが舞った。
――雪が降るようだ、と彼は思った。
ただし、手に降りかかるその雪片に温度はない。
座した膝に乗せている己の手が、少し若かった。
すぐに気づいた。
ああ、昔の夢を見ているのだ。
これは、現の光景ではない。
気付きながらも、彼の心はそのまま目覚めることを頑なに拒んだ。
――夢でも構わない。
闇の中、白々と光る花吹雪に囲まれながら、
彼、石田三成は、懐かしいその場所に、確かに座しているのだった。
彼が知るすべての光景の中で、最も美しかった頃の大坂城、その中庭を望む大座敷に。
ぽとりと落ちた白牡丹は、いつの間にか自らの膝の上に載っている。
底冷え続く厳冬が明けたばかりの、闇夜の中。
決して現実のものではないと知りながら、
彼は暖かさと慕わしさ、そして限りない誇らかさの詰まった空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
隣には、隆々たる体躯の、小山のような大男が同じく腰を下ろしている。
ただ座するだけでさえ、周囲に強烈な存在感と威圧感を張り巡らせるその男の顔は、
まるで巌のようでもある。
しかしその表情は、今だけはなぜか、少し柔らかい。
彼の視線は今、庭先に降り注ぐ梅吹雪を浴びながら舞う、踊り子の姿に注がれていた。
白い薄絹を翻らせ、水の流れるが如く舞う舞手の動きは、今にも楽の音と闇にまぎれて溶け込みそうでありながら
それでもそのはっきりとした輪郭を失わないのだった。
ひどく、懐かしい。それ以上の言葉にならない感覚だった。