第3章 幕間
●●の背筋を、冷たいものが伝う。
震えは、徐々に足元からこみあげてくる。
胸の奥に絡んだ針金が、今再び、●●の心臓を締め上げる。
人の姿をした月が、●●の脳裏に明滅した。
白い頬。長い指。鋼の瞳。
こちらを容赦なく追いかける、鋼線のような眼光。
あの夜の光景が、ありありと目に浮かんだ。
一度だけ、その視線が●●の視線とぶつかった。
その瞬間、心臓を縛った糸が、生き物のように膨張、増殖して、
わずか一瞬で●●の全身を絡め取った。
乾いた声で、●●は、答えた。
「行きます」
「なんだって?」
思わず顔を上げた祖父に向かって、●●はもう一度はっきりと告げた。
「行きます。おじい様。私行きます。」
そんな、まさか、というように、祖父は狼狽の色を隠さず、口元を手で覆った。
「●●や、お前、自分の言っていることを分かっているのかい」
「分かっています。」
凶王の懐に、たった一人で切り込むということだ。
何が起こるかは、想像もつかなかったし、想像したくもなかった。
無論、ご褒美に飴玉が待っている訳もないことくらいは理解していた。
しかし、どうしてもあの銀色の姿がこびりついて離れない。
この小さな胸の中に、焼き付いてしまった凶王の影が。
それは、「踊ること」以外に初めて芽生えた確かな欲求だった。
――会って、みたい。
それはいつも、踊ることに対して持っている気持ちと、
ほとんど変わらないまっすぐな欲求だった。
生まれて初めての、本能的な欲望だった。
「もうお約束をしてしまったのでしょう」
答えない祖父の姿は、その通りだという答えに他ならない。
約束はまさに今夜であった。
――使者はこう言い残している。
供をお連れになる必要はござらぬ。
石田邸にて、お待ち申し上げておりまする。