第3章 幕間
●●は、もう一度ぐい、と顔を上げた。
あの夜、舞台の上から見た景色は、まるで果てしなく広がる世界を、一か所に凝縮したかのようだった。
かがり火が複雑な光と影を混ぜ合わせ、人々の顔は千差万別の表情に満ち、
そしてその中心には、忘れようにも忘れられない、真っ白い月が光っていた。
――あの舞台の階段を、一歩踏んだ瞬間から。
全てが始まったのだ。
●●の世界は、突然に広がった。
かつて稽古場の隅に埋もれ、踊り以外を知らずに育った。
誰にも寄る辺のない孤独を肥やしに、●●はただ一人黙々と踊りつづけた。
踊り以外のことが、まるで分からないわけではなかった。
本当は薄々感じていた。
この世の広さも。そして沢山の手が差し伸べられていることも。
見えないように目を閉じたら、それらは、すべて消えた。
ひどく寂しいことではあったものの、同時にひどく安心した。
はっきりと理解できる愛すべきものが、この『踊り』以外にどうしても信じられなかったから。
それが、あの瞬間に目覚めたのだった。
祖父の姿、兄弟子たちの姿を思った。
空の月、そして、
――明滅する地の月を思った。
死を呼ぶ月と人は言う。
戦場に凶王と対峙する者で、八幡菩薩の御名を唱えずに居られた者はないとも聞いた。
●●は息を吸い込んで、胸を張る。
――日が暮れるころに、迎えの輿が届いた。
●●は、それでも震える体をしかりつけながら、
見送りに出た祖父と兄弟子たちに深々と頭を下げた。
「お土産を楽しみに、待っていてください」
笑ってみせる。この笑顔が、皆にはどう映っているだろうか。
乗り込んだ腰の中で、●●はそっと願った。
きっと明るいもののようであればいい。
出来ればこの夜空を照らす月、その月を照らす太陽のごとく。