第2章 宵待月
ほとんど抜け殻となった大谷の元には、何度か家臣が訪れて、戻りを促した。
しかし大谷はそれを拒否した。
歓声が薄れても、人影が少なくなっても、指ひとつ動かせずにいたのだ。
そこでようやく、ひどく疲弊している自分に気付いたが、
それが決して不快なばかりでないことは意外だった。
ふと、声がかかる。
「刑部」
「なにか、三成よ」
振り向きもせず、ほとんど惰性で答えた。
恐らく三成もまた、大谷と同じ状態に違いなかった。
彼の場合は、あらかじめ人払いをしていたこともあってか、
家臣達が呼びに来ることはなかったものの、
それでも大谷以外で、その体から発散される気配を感じ取れる人間であれば、
積極的に近づこうとする者は皆無だっただろう。
三成は、続けて尋ねる。
「あの娘は、何者だ」
「我も、よくは知らん。」
「…人か?」
「かろうじてな」
いっそ物の怪の類だったとしても、もう驚きはしないだろう。
大谷の横で、三成は何か思案に暮れるように俯いた。
俯いたまま、ぽたりと一言をこぼす。
「連れてこい」
「何だと?」
「聞こえなかったか、刑部。連れて来いと言ったんだ」
静かな言葉の中に、何か煮えたぎるものを感じた。
大谷は、目を細めて、じっと三成を見つめる。
「…あれを私のもとに連れて来い、刑部。
今すぐにだ。何処にも逃げ失せぬうちに、私のもとに寄越せ」
端正な横顔が、わずかに火照っている。
その目じりが細く吊り上り、口元が震えていた。
細長い指で、口元を抑えているのは、何かをこらえているのだろう。