第2章 宵待月
今や、●●の圧倒的な存在感は、舞台の上だけでなく、客席の全てをも支配しつつあった。
それはもちろん、最前列で鑑賞する大谷、そして、その隣に佇む三成さえも。
●●は、三成の鋼線を絡めるような視線の糸を、その腕の一振りで払いのける。
そして払いのけたその腕の合間から、槍の穂先を突きつけるように、
自らの視線で凶王の眼光を真っ向正面から打ち返すのだった。
激しく、それでいて常に優美でありながら、戦場に争う戦士のように、
●●は全ての攻撃に、その舞で応酬した。
その姿に、古の女武者の姿がはっきりと重なった。
――巴、かくありき。
この娘が故の、『巴』だったか。
誰もが今、得心した。
『松風』では、このたぎりほとばしる熱を、受け止めきれない。
『敦盛』では、この健やかに鮮やかな勇ましさを、伸ばしきれない。
小手先の技術だけでは到底たどり着けない気迫が、曲に乗って溢れでる。
うかつに手を伸ばすことさえ許されない、裂帛の意思がみなぎる体が、夜の闇を真に貫いた。
この娘は、何かをまとって踊っている。
それは目に見えぬもの。見えぬが何より確かなもの。
――踊り子の魂か。
大谷は、息を飲んだ。
挑発的にこちらに差し出される●●の手は朱槍のように、
その視線は降り注ぐ幾千の矢のように、
踊る●●の体から発散される全てが、ことごとく見る者の心を刺し貫いた。
一瞬は永遠に続く。
ひどくくっきりと、その軌跡を空中に残しながら、
最後の型がすぼみながら、とうとう、舞が消えた。
●●の身体が、元の小さな少女の枠に収まったその瞬間、
思わず大谷の口元から声が漏れた。
「見事…」
はっとこらえようと唇を噛んだが時すでに遅かった。
辺りは、割れんばかりの歓声に包まれ、すさまじい熱気が周囲から突き上げてきた。
未だかつてない、大喝采である。
終わりの口上すらとぎれとぎれとなるほど、快哉は辺りを埋め、
それをたしなめるように幕が下りてゆく。
だが、歓声は一向にやむ気配を見せない。
呆然と大谷はその舞台を見詰めていた。
立ち上がる気力も、口を開く気力ももうなかった。
この体にあったものがすべて、あの娘一人に吸い取りつくされたかのようだ。