第2章 宵待月
やがて旅の僧の舞が終わり、前シテの里の女が登場する場面に移る。
松の影に、誰かが佇んでおり、
僧が声をかけると、それはどうやら里の女であるらしい。
ここで大谷は、やや身を前に乗り出した。
木陰に半分ほど身を隠し、さらに小袖でその顔を覆う里の女の体の小ささが際立つ。
――まさか。
「…女か?あれは…」
思わず口に出した。
どう考えても、前シテの里の女を演じているのは女、それもまだ、年端もいかぬような小娘であるように思われる。
通常ならば、見栄えの良い体格をした男役者に面をつけて里の女と扮する所を、
どうやら本当に女を使っているらしい。
大方、女の情念を現すには、女に踊らせるが一番と考えて、あのような小娘を舞台に上げたに違いない。
中々悪くはない思い付きだが、その目論見に大谷は思わず口角だけを持ち上げて、ほくそ笑んだ。
――おお、怖や。
何と小さくて、いじらしい小娘だろう。あれは。
松の木陰に咲いた、か細い花のようだ。
おそらくは何も知らず舞台に上がらされたのだろう。
そうでなければ、とても平静とこのような場に立てるわけもない。
大谷の背筋が、ぞくぞくと泡立った。
酷く暗い快感が、体の中を満たしていく。
その小袖を解いた時、果たしてどんな顔を見せてくれるか。
――眼前に凶王、その隣には業病の我ぞ。
それは、小娘には到底耐えきれぬ恐怖だろう。
どうだ、泣くか。あるいは、叫ぶか。
大谷は、我知らずさらに身を前に乗り出した。