第2章 宵待月
――なるほど、巴とは。
その時分には、合点がいかない様子で舞台に見入る観客の中にも、
ああ、『巴』か、と頷き合う姿が現れ始めた。
それと同時に、なぜまた『巴』、という疑問も生じたようだ。
『巴』は、勇壮な演舞が中心の二番目物の演目の中では、比較的大人しい作品であり、
また大きく知られているわけでもない演目である。
情緒を軸にするのであれば、他にも『熊野』の方が人気が高いし、
勇ましさを押し出すならば『屋島』を演るに越したことはない。
なにゆえに、巴か。
疑問は、戸惑いを産む。
人々はそっと、目配せを交し合った。
しかし、確かに上品だが一方でひどく単調な男の舞には、
どうにも格別の思惑など無いように見受けられた。
噂に高いその傾いた演出とやらも、ところどころ化粧や衣装、踊りの流れに奇抜な部分が見られるものの、
取り立てて目を引くほどのものではない。
大谷は安堵すると同時に、やや興味を薄めた。
隣の三成は、床机に肘をつき、相も変わらず感情のない目で舞台を見つめている。
その視線はどこまでも直線的で、演者の動きを絡め取るかのようだ。
やれやれ、と大谷は苦笑する。
あの舞手には気の毒なことだ。
努めて、三成の方を見ないようにしているのがよく分かる。
抜身を目の前に突きつけられている心地なのだろう。
無理もない。敵兵がことごとく死神の眼光と震え上がる視線である。
三成が、あとわずかでも鋭く睨めば大の男でも失神しかねない。
この視線の前にあって、動揺を現さず正確に舞えるということ自体、奇跡のような話だ。