第2章 宵待月
――なんだ。これは。
舞台の幕が開き、口上が流れ始めた途端に、大谷は眉をひそめた。
恐らく、と目した『幸若』、あるいは『屋島』にもこのようなくだりはないことは確かだ。
さては気を利かせて、太閤が好んだ『賀茂』かとも思われたが、
舞台は小さな社と野原を模した造りになっており、『賀茂』の幕開けの場面ともまったく違う。
予想が大きく外れたことに、多少はたじろぎながらも、そっと腰の上で居住まいを正す。
――まあいい。おとなしやかにしていてさえくれれば。
それにしても、やつらは一体、何を演じようというのだろう。
やがて、旅の僧に扮した、若い男の舞が始まった。
衣装から、シテではなくワキと思われるその男の舞は、なるほど、非常によく修練を積んだ者の動きだ。
身のこなしには無駄がなく、見栄えのする体つきを生かして、とても丁寧に型をなぞっている。
これほどの技量をもつ舞手を、あえてワキに据えているのが、何ともあからさまな含みの持たせ方である。
何をするつもりだ、奴ら。
大谷の疑問は、深まる。
すると、よく通る役者の声の隙間を縫い、意外なところから答えがもたらされた。
「『巴』か。」
ぎょっとしてそちらに顔を向けると、いつの間にやら両腕を組んだ三成が、
鋭い目つきで舞台を見つめていた。
研いだ刃のような目だ。色もなければ、温度もない。
ただ、忍びやかに斬り入るように、舞台の舞手の動きを油断なく追いかけている。
「…あまり目にしたことはないが」
三成はそうつぶやくと、しばらく僧の舞を眺め続けた。
うっすらと小首を傾げ、わずかばかりその目を細めながら。