第2章 宵待月
どうやら、●●はその壮絶な修練を、心の底から「楽しんでいる」ようだった。
見かねた下弟子の一人が、「少しは休んではどうか」とその修練を中断させようとすると、
野の花のように儚げなその姿からは想像もできない勢いで、烈火のごとく怒りだす。
――あれは親父に似たのかもしれないね。
座長は、稽古の様子を見ながらそうつぶやいた。
「親父」というのは、無論●●の父で、座長の一人息子でもあった、かつての一番弟子のことだ。
稽古の途中に過労で倒れ、そのまま帰らぬ人となっている。
――どうしてあの子を、舞台に上げたくないか、わかってくれるかい。
兄弟子には、そこでようやく理解できたのだ。
●●の非凡な才能と、それが必ずしも●●にとって、幸せをもたらすとは限らないことに。
●●は、踊り以外の物事には、まず「まったく」と言っていいほど興味を示さない娘だった。
娘らしく着飾ったり、遊びまわったりすることはもちろん、食べることにも寝ることにも、
――生きていくことにすら、興味がないようにも見えた。
座長は、早くにそんな孫娘の様子に気づいていたのだろう。
踊り子の命は、短い。そして、過酷だ。
このままでは、おそらく●●は一生女としての幸せを知らぬまま、生きていくことになる。
それゆえに座長は、一人の祖父として、●●を舞台から遠ざけていたのだろう。
しかし皮肉にも、●●の最大の喜びは、「踊り子」として生きていくこと、ただそれだけだった。
座長が、△△座最期の公演に、と●●を指名したのは、確かに皆が指摘したとおり、
愛孫かわいさ、というのもあったかもしれない。
ただそれは、単純な祖父の情というには、少々悲しすぎるものだったように思えてならない。
●●にとって、これが踊り子としての最初で最後の舞台なのだ。