第2章 宵待月
大谷は、今大坂で、いや、この日本で一番人気といっても過言ではない新進気鋭の猿楽一座、△△一座に目をつけた。
多少傾いた所はある一座と聞いていたが、本来は由緒ある芸能一座、技量にはもともと定評がある上、何より民衆の支持が篤い。
そこで、ほとんど無理やりに御前公演を取り付けるため、大谷は「軽い」脅しをかけた。
これは三成による裁定であると思わせ、言外に取り潰しを匂わせたのである。
さしもの傾き者揃いの一座といえど、こうなればおとなしい演目でお茶を濁してくれるだろうし、
一度頭を打っておけば、今後も目立つ動きは控えるに違いない。
大谷にはそういった一石二鳥の目算があった。
無論演目によっては、三成が本当に腹を立てる可能性もある。
しかし神事物や勇士物であれば、さすがの三成も、そこまで目くじらを立てることはないはずだ。
多少退屈はするだろうが、要は「鑑賞」の形がとれればよいだけで、後は猿楽そのものへの興味を失おうが、問題はない。
むしろ、失ってくれた方がやりやすい。大谷は、心中で確認するようにその思いをなぞった。
開演までもう間もなく、と迫ったところで、
「ところで、刑部。」
いきなり三成が閉ざしていた目を開いた。
「何か?三成よ」
「今夜の演目に関してだが、私は一切聞かされていない」
何か、知ってはいるか、と三成は続けて聞いた。
三成が、この公演に多少の興味を持っていることに、大谷は内心ひどく驚く。
「…いや。聞いてはおらぬ。」
大谷自身、戸惑いながら正直に答えた。
「当代風の演出が人気の一座と聞いている。直前まで演目を明らかにせぬのもその趣向と思うが」
「そうか」
「恐らく、『幸若』あるいは『屋島』の類ではないか」
「…そうか」
ふと、大谷はあることを思い出した。
今は亡き太閤秀吉、彼もまた、能や猿楽の愛好者であったことを。
当時は、頻々ではないにせよ、折につけ城内に舞台を拵え公演をさせていたこともあった。
三成もその横で、太閤の愛した勇壮な二番目物を鑑賞していたのかもしれない。
――これは、思うよりもうまくいくやもしれんな。
大谷は、ほっと安堵の息を吐く心地だった。