第2章 宵待月
特に、この前の河原での騒動はまずかった。
大坂で人気の滑稽物を中心に演じている猿楽一座を、三成は些細な理由で見咎め、その場で焼き討ちとしてしまったのである。
当然、それは大いに民衆の反感を買った。
もともと、三成に代替わりしてからの大坂はひどい閉塞感に包まれているといっても過言ではない。
それだけであれば大谷としても特に問題はない、むしろ人の不幸は大いに結構という思いではあったが、
各国の情勢を考えれば、そうも鷹揚に構えてはいられないことも認識していた。
すでに世は、戦乱のただ中に突入している。
さらに、三成が怨敵と憎む徳川家康率いる東軍は、その勢力を順調に拡大し、
天下統一に向けて確実な一歩を踏み出しつつあった。
石田三成率いる西軍は、いまだ数では圧倒的多数を誇るが、それでも配下には怪しい動きを見せる者共もいないではない。
上手の手から水が漏る、ともいう。
大谷は、限りなく慎重に大局を見つめていた。
古今、庶民を侮り、足元の不満を無駄に増幅させて、ろくな結果になったためしはない。
この、限りなく強力だが、同時に限りなく不安定な刃を頂点と仰ぐ今の豊臣軍を、
わずかの動揺からも守らねばならない。
そこで、大谷がとった苦肉の策がこの三成との「猿楽鑑賞」なのであった。
凶王とても、庶民の愛する猿楽に理解がないわけではない、という姿を見せつけるのが目的だ。
もちろん、形ばかりでも「凶王三成が流行の猿楽を鑑賞した」という事実があればそれで構わない。