第6章 【閑話休題】ゆきとすず
それは触れるか触れないか、一瞬の口付けだった。
少しの物足りなさを感じながら伺うように薄目を開けてみると、すずは己の唇を両の手で抑えながらにまにまと、幸せそうに微笑んでいる。
初心なのか、手練なのか…
「ゆきのはじめて、貰っちゃった」
「…じゃあ、すずの二回目は俺が貰うからな。目ぇ閉じろよ」
「はーい!」
元気の良い、しかし色気のない返事と共に、すずがきゅっと目を閉じる。
僅かに震える睫毛が、言葉と裏腹の緊張を感じさせる。
「かわいい…」
おっと、思わず声に出してしまった──やっぱり慣れなくて、照れ隠しに口付ける。
少しくらいいいだろう、と味わうように舌を差し入れると、間からふふ、とくぐもった笑い声が漏れ聞こえた。
そしてするり、と俺の着物の袷から、すずの手が差し入れられた。
「は!?ちょ、おまっ、」
驚きで離した唇が追いかけられ、ちゅっと音を立て啄まれた。
にやり、と意地の悪い笑みを浮かべ、すずの唇は喉元へ、鎖骨へ、そして胸元へするすると下がっていく。
「ゆき、かーわいいっ」
そわり、と背筋を寒気にも似た期待がはしる。
すずもきっと、いや絶対に、はじめて、なのに?
女に任せてていいのかよ、俺?
「う、あっ」
「あーもうその声っ、ゆきぃ!
ほんとにかわいい…すずはたまりませんっ」
我慢しきれず漏れた声に、唇を噛み締める。
うっとりとした表情で、すずは俺の身体の至る所に唇を落としていく。
可愛いのはお前で、堪らないのはこっちだ…
そんな言葉を、自問自答を飲み込んで。
すずの好きなようにさせておけば間違いないのだろう、と──
まるで刷り込みのような、根拠の無い信頼と気持ちよさに沈んでいく。