第6章 【閑話休題】ゆきとすず
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「あー…結局、一度も勝てなかったな」
本気の追いかけっこが終わって、二人して草っ原に転がる。
段々赤くなっていく空を眺めていると、自然とそんな感傷的な言葉が零れた。
明日から俺は、信玄様の志しを果たすため、共として越後へと出奔する。
だから久々に手合わせをしよう、となったのがそもそもの始まりだった。
そんじょそこらの女とは違う、とは言えやっぱりすずは女だ。
歳が幾つか上だから、昔はすずの方が身体も大きく。
勝てなかったけれど、今は違う。
本気で打ったら負けるわけがない。
「ふふ、ゆき、まだまだだね。
今度会えたらまた相手をしてやろう、精進したまえっ」
そんな事も恐らく分かっていて、わざとらしく軽口を叩いているから、強い女だと改めて感心する。
だってすずも、寂しいに決まっているのだから…
本人には決して言えない、けれど俺は昔からすずを心から尊敬していた。
忙しい両親や年の離れた兄弟より、ずっと近しい存在。
彼女が何を考え、何を望んでいるのか。
顔を付き合わせれば、大体わかると言っても過言じゃない。
ゆきはすずにオシメを変えてもらっていたんだよ、なんて…
母親に言われた時には、居た堪れなかったけれど。