第3章 耽美主義
「…兎では、こうして共に酒は呑めんぞ」
そして、何とも良いタイミングでかけられる狡いほど優しい声音に、恐る恐る顔を上げる。
ほんの少しだけお酒に頬を染めた謙信様が、私の空いた盃に酒を注ぎ、有無を言わさず渡してくれる。
頂きますと一息に飲み干すと、良い飲みっぷりだ、と褒めてくれた。
「兎では足も短い。俺の歩みには着いてこれまい…信濃は更に遥か、遠くなったな」
「けっ、謙信様っ…、人なら信濃に一緒に行けるんですか!?」
謙信様は私の問に答えず、ふん、と鼻で笑っている。
ならば、と――
「なら、今度!城下に連れて行って下さい、信濃よりもずっと近いですよ?
人の足ならすぐです!」
「帰りを待てぬ駄犬には丁度いい距離か、仕方ない」
「わーい、ありがとうございます!」
最後に人にはなれなかったけど、まぁ仕方ないか、と。
すっかり上機嫌になった私は彼と自分の盃に、また酒を注ぎ、梅の背をそっと撫でた。
梅は気持ちよさそうにぐぅ、と鼻を鳴らす…お前も現金な子だね、と内心呟きながら、目の端がじんわりと熱くなるのを感じる。
お酒のせいだと誤魔化したいのは山々、だけれど…
宴会前の演説のように、緩急をつけて。
心の内に攻め入って来るのだから防ぎようがないのだ、と。
誰にともなく言い訳をする。