第8章 懐古主義
自信満々で研修を終えて配属された先は、上司が二人だけの小さな店舗だった。
とは言え、一人暮らしの家からも近く、程よく街中で立地はすぐに気に入った。
何より、その二人の先輩のことが私は大好きになったのだ。
「ちゃん、初契約おめでとー!!」
「わぁ、鞠さん!ありがとうございます!」
「いぇーい!今晩はぱーっとお祝いだね!」
女性営業マンの中で断トツ売上トップ、優しくて可愛い先輩、鞠さんと。
「鞠の教育の賜物だな!よし、今晩は二人とも俺の奢りだ!」
頼りがいのある爽やかイケメン、これまた営業成績上位の上田主任。
私が来る前は二人きりだっただけあって、ぴったりと合った掛け合いはまるで夫婦のようだった。
「わぁ、ご馳走様です主任っ」
「う、上田主任…!私は何もしてませんよ、大丈夫です」
「何言ってんだよ、鞠、についてやったんだろ。
こういう時は黙って祝われとけ…
あ、勿論自分の契約は落とすなって、ハッパかける意味もあるんだからな?」
「わぁ…主任、厳しい…!」
「ふふ、鞠さんファイトですー!」
二人が見つめ合い、笑いあう姿は、もう恋人のそれその物で。
付き合ってるんだろうなぁ、もしくは好きあってるんだろうなぁ、と思ったけれど、どちらに聞いても違うのだと言う。
「本当に違うんですかー、鞠さん?」
「もう、違うよちゃん!
…そうなったらいいなぁって、思わなくも無いけどね?」
「…きゃー!!素敵ー!!」
興奮してバタつく私を、優しく見つめながらはにかむ鞠さん。
内緒話に興じる私たちを、不思議そうにデスクから眺める主任。
営業成績も波に乗ってきた。
毎日楽しくて仕方がない。
同業他社に比べたら早めに家に帰れてる。
上がっていく数字が嬉しくて堪らない。
そうしてこんな毎日が続いていくのだと、何の根拠も無しに私は信じきっていた。
人の気持ちを読むのが得意だ、なんて自惚れていた割に…
こんな日々に綻びが生じていることなど、気付く由も無かった。