第20章 kiss the glasses 前編
その笑いに他意はなかったのかも知れない。もちろん笑われた当のさん本人は全くもって、気付いていない。
ずっと下を向いて、フライドライスやステーキをパクパクと……食べている。
そう。こちらを、ちらりとも見ようとせずに。
斜め前の彼女は、少しずつサラダを口元に運ぶ。
そして、甲高い声で僕にコロコロと鈴を転がすように話し掛けてくる。
「いやーモデルさんって、声まで可愛いんですねっ」
虎徹さんがテキトーな感じで彼女に声をかける。
「え、えぇ。ありがとうございます」
声を誉められて、まんざらでもないような彼女だけど……
その甲高い声は二日酔いの僕には、はっきり言って耳障りだ。
「おろっ?バニーちゃん、今日は食べるの遅いね。あっ、こーんなキレイな人と一緒だから、キンチョーしてんじゃない!?」
……虎徹さんが、またバカな事を言ってきた。
「まだ少し頭が痛いんですよ……あの安物のワインのせいで」
僕のその声を聞いて彼女が
「えーそうなの?バーナビーでも二日酔いなんてするのね?大丈夫?」
「……えぇ」
心配そうなフリをした声をかけてくる。
だけど……目の前のさんは……
僕の顔なんて見ない。
「おっ!じゃあ、この肉ちょーだいっ!」
虎徹さんがその声と同時に僕の目の前にある皿に乗った肉をフォークで刺した。
「あっ!!!」
「あっ!!!」
ん?
今の声……まさか……
「タイガーさん、ずるいっ!!!」
「なに?ちゃんも、狙ってた!?」
ウンウンと首肯くさん。
………………
「そうですか、じゃあこれは……はい」
僕は虎徹さんが刺した部分だけを少し残し、ほとんどのステーキを取り上げると、さんのお皿に乗せて上げた。
「あー何すんだよっ、バニーっ!」
「レディーファーストですよ、ね?さん」
「あ、アリガトウ……」
さんはやっぱり小さな声で僕にお礼を言った。