第10章 キスだけじゃ、誘えない
時間もなく慌ただしくメイクや着替えを済ませると、私はステージに上がった。
そう、ここでは私は“ブルーローズ”じゃない。
ただの歌手“カリーナ”。
ブルーローズの時には感じることのない緊張感を携え、私はピアノの前に座る。
そして、軽くフッと息を吐くと、私の目線の前方にある、カウンターバーに見知った背中が見えた。
そう。
タイガーだ!
タイガーは私がステージに上がったことに気付くと、グラスを少し上に上げて、
ニコッと微笑んでくれた。
帰ったんじゃなかった……
その日私は、いつもよりも指が乗り、ピアノ演奏もだけど声もよく出て……
今までで一番の大きな拍手をお客様達から貰う事が出来た!
少し照れくさくて、でも、嬉しくて……
思わずタイガーの方を見ると
タイガーも嬉しそうに、大きな音をたてて、手を叩いてくれていた。
私はステージを降りると、また控え室に戻り急いで帰り支度を始めた。
すると店のマネージャーから声がかかった。
「カリーナ」
「あっ、はい!」
「今日のステージ、凄く良かったよ。また頼むね」
「はいっ!ありがとうございます!」
嬉しくて大きな声で返事をした。
今日の疲れが全部吹き飛んだみたい!
気分が高まったまま、裏口のドアを開けると……
「よっ、お疲れさん」
タイガーが壁に凭れて、立っていた。