第10章 キスだけじゃ、誘えない
「虎徹さん……やっぱり、遅れてましたね。ワンテンポ……」
「だっ!今日は、半テンポだ!」
「は?結局遅れてんでしょ?」
本番が終わって用意されていた楽屋で話していると、私のケータイが鳴った。
「はい。カリーナです。はい。え?今からですか…………はい、すぐに行きます」
ケータイをカバンに入れると、二人がじっとこっちを見ている。
「貴女、もしかして今から歌いに行くんですか?」
勘のいいバーナビーに言い当てられた通り、今日の歌手が急に来れなくなって、2曲だけでいいからお店に来てほしいって……
明日はテストなんだけどな……
でも、カリーナとして歌う場所が欲しい私は
「そ、そうだけど……いいでしょ?事件も起こってないんだし」
二人の視線が痛くて思わず“いいわけ”めいた事を言ってしまった。
「そんなんで聞いてんじゃねェことぐらい、わかってんだろ?カリーナ」
……
な、なんでこんな時に名前呼んでくるのよ。か、顔が赤く……
恥ずかしくて下を向いていたら
大きなタメ息が聞こえた。
「はぁ~それ終わったらすぐ帰るんだぞ」
「え?」
「ほら、行くぞ」
タイガーが私の荷物を掴む。
「僕が行くと目立っちゃいますからね」
なんてハンサムのやつ、ウィンクしてくる!
「じゃな、バニーまた明日」
タイガーが私のカバンを持って、ハンサムに手を振っている。
「えぇ。また明日。ブルーローズさんも、無理しないで」
それに応えるように、ハンサムもヒラヒラと手を振る。
「あ、ありがと……」
私は小さく頭を下げると、先に大股で歩いていくタイガーの後を小走りで追いかけた。