第14章 夜明けのララバイ
「行ってらっしゃい」
「おう、ありがとう」
サングラスを持ち上げて、唇に、そして頬、最後に額。
マーキングの様に彼が口付けを落としていく。
行ってらっしゃいと声を掛けても、行ってきますとは言わない彼が憎い。
ここは帰る場所では無いのだと言っている気がして、閉まる扉を恨めしく睨む私がいる。
深夜一時。軽快なリズムがラジオから聞こえる。
「さぁ今夜もオールナイトで行こうぜ」
この部屋で聞いた事の無い声だ。だのに、聞き慣れた、知った声。
「プレゼントマイクのぷちゃへんざレディオ!今日もシヴィーお便りがバンバン届いてるぜ、サンキューエヴィバディ!」
饒舌に喋り笑う彼と、この部屋で私を可愛い子ちゃんと呼ぶ彼、どちらが本物でどちらが偽物?
きっとどちらも偽物で、彼の正体は霧の中。
そこに居て、私をぐちゃぐちゃにするクセに、掴もうとすれば煙のようにすり抜ける。
「最初のお便り!ペンネーム、グランマイト。Fooo!Good name!プレゼントマイクこんばんわ! Hey!Goodevening! いきなりですが……」
私の話なんて、タバコの煙のように蒸して消すくせに、何処の誰かも知らぬリスナーの話を熱心に掘り下げ深く広げる彼に、心が毛羽立つ。
「恋をしてはいけない相手を好きになってしまいました、プレゼントマイクだったらどうしますか?」
そうラジオの向こうで彼が言った。
いつもなら温くなった発泡酒と共に聞き流す音を、口に含み転がす。