第13章 weep weep weep
「あら、まいかさん、お帰りにならないんですか?」
気がついて、夕刻。時計の針は五時になる寸前。
「うん。百ちゃんはもう寮に帰るの?」
あっという間に日が暮れて迫るは夜。
皆と共同生活を始めて気が付いた、一人の時間の大切さ。
最近、寮に帰る前に教室でアルバム一枚分聴いて帰るようになっていた。
「えぇ。課題もたくさん出ましたし」
「あぁー、確かに。セメントス先生課題めっちゃ出してたね」
他愛ない会話を一言、二言交わして凛とした背中を見送った。
ポケットに見知らぬ違和感を察知して探れば、お茶子ちゃんの音楽プレーヤーが転がり出た。
「返し忘れてた」
薄赤の使い古されたプレーヤーをじっと見て、電源を静かに入れる。
流れるのは正にポップでキュートな女性シンガーの流行りの曲ばかり。片方だけはめていたイヤホン、気づけば両耳に。
恋をしている今の心情を歌う曲、失恋に負けてはならないと鼓舞する曲。もしかするとこれが恋なのではとトキメキを歌う曲。
どれもこれも自分の心には無い気持ちばかりで、塞がれたまま声を出す。
「これが良いんだ…」
自分の声なのに、なんだか自分の声じゃないような、変な気分になった。
陽も大分落ち、影が居なくなりそうな頃。肩を一度叩かれて肩が跳ねる。
「…鋭ちゃん」
イヤホンを勢い良く引き抜いて彼を見た。
「何してんだ、こんな時間まで」
そして時計に目をやるともう七時前。慌てて立ち上がろうとして彼が笑う。
「まいか、いっつも音楽聴いてるよな。どんなの聴くんだ?」
ガタガタと椅子を鳴らして近寄る彼に、少しだけ言葉に困った。
今彼が手にしている物は自分のではない、そう言おうとして顔を上げると既にイヤホンを右耳にあてていた。
「聴かねーの?」
そう言って差し出されたもう片方のイヤホンを受け取り、左耳に静かにあてる。
この細いコードを伝って、私の早くなる心音が届いてしまいそうで、イヤホンを受け取る事が怖かった。