第12章 絶佳
「向こうの橋まで競争しようや!買った方がジュース奢りな」
風になる彼が好きだ。
大阪を離れた時、たくさん泣いた。
思いを通わせた時、たくさん笑った。
すれ違って、引き返して、またぶつかって。
誰よりも熱くて、優しくて、真っ直ぐな彼が私は好きだ。
「カッカッカッ!浪速のスピードマン鳴子章吉に勝てる奴がおるかい!」
同じスピードで進めなくても、彼が巻き起こす風に吹かれていたいのだ。
「私かて一人で走ったりしとるんやで!章吉がおらんくてもな!」
「ほーん!ならその成果見せてもらおやないか」
一踏み、想いを込める。
私は信じているのだ。この闇の中、きらりと光る彼を。
「章吉!」
例え立ち止まり、悩み、泣いたとて必ずまた前を向き突き進める。その力がある事を、私は知っているから。
「ロードレース、楽しい?好き?」
私の問に間髪入れずに答えるのも、私は知っている。
「めっちゃおもろいわ!」
「ほんなら来年、私インターハイ!マジで見に行くわ」
私の頬を掠めた雫はきっと誓いの雫。拭うのが勿体無い気がして汗と一緒に混じらせた。
「ラスト百メートルやで!千切られんようにしいや」
彼の弱さすら、愛おしい。その弱さを見れるのは、きっと私だけ。
躓く度、立ち上がる彼は誰よりも逞しく、その小さな背中が何倍にも見えるのだから。
「章吉!!頑張りや!」
「おーきに!まいか!」
次の夏が待ち遠しい。
涼しい夏の夜、私は次の夏を待ち侘びる。