第12章 絶佳
「ゼッケンナンバー三、……何高校やった?」
「…総北高校や」
「せやせや、ゼッケンナンバー三、総北高校鳴子選手!浪速のスピードマン」
並んで走り、実況の真似をする私を訝しそうな目で見ながら彼がペダルを踏む。
「鳴子選手は一年の頃からその脚でレギュラーの座を掴み、そしてこの私をモノにしました」
彼が笑うなら、私もこれくらい、なんてこと無い。
「体は小さいのに態度はメガトン級!そんな鳴子選手の魅力に迫ってみたいと思います」
けらけらとおどけて見せても彼は真っ直ぐ前を向いたまま。
口を閉じてしまうと、闇に食われてしまいそう。
「鳴子選手は友達思いの優しい選手です」
「黙って走れんのか」
「そして何より熱い。熱血漢です」
彼が下ハンドルを握るのを横目にとらえ、私も即座に身を低くした。
「ご覧下さい、この速さ。誰も追いつけないくらい速い!」
素人が下ハンドルを握って並走しようとしても到底追い付けないのだ。
「章吉!ちょっと待ってや」
なんて言わなくても彼は少し流して先で待ってくれている。優しい人なのだ。
「やっぱり速いなぁ。敵わんわ」
全力でペダルを踏んで彼に追いついて笑う。ハンドルに身を傾けた彼が私を覗き、涙を流す。
「わ、ごめん……うっとかった?」
「ちゃう。情けないんや、まいかに気使わせて」
ぐい、と揃いのグローブで涙を拭いゆっくりと言葉を紡ぎ出した。
「今ここでチャリンコ辞めてしもたら、今までの自分を全否定する事になるって分かってんねん。せやけど、ワイは一瞬でもそう思ってしもたんや」
人も疎らな河川敷、彼が静かに静かに語る。それをロードバイクの上で、しっかりと受け止めた。
「それで、まいかにあたって気ぃ使わせて……」
「ええやん別に。私は気なんか使ってへんし」
大きく伸びをして見せて、笑う。
「章吉と走りたかっただけやし」
何もしてやれないなら、彼の行く手を阻む何かを一緒に突き破ってやろう。そしたらきっと、また朝日が昇るに違いない。