• テキストサイズ

ENCORE

第10章 eraser



「まいか」

放課後、ザワつく教室で帰り支度をするアイツを呼んだ。
のろり、こちらに歩み寄る姿はお世辞にも美しいと言えるモンじゃあなかった。
以前よりやつれ、目の下のくまが濃く見える。

「後で職員室に来なさい」

蛙吹と話した後、何が最善か考えた。
意味の無い励ましも、非情な態度も、知らん振りも、どれも不正解にしか思えずにいた。

全てが合理性に欠く。

だけど俺は、それを一度捨てる。

「先生、何?」
「今日八時。寮前にいなさい」

その一言だけを残し、静かに職員室から逃げ出した。
間違っている。そう言われるかもしれない事をする。
その選択は、思っていたよりも俺に重くのしかかる。だが、ただ笑って欲しい、そして前を向いてほしいと願った。

アイツを襲った奴らが捕まったと言う一報でも取り戻すことが出来なかったアイツの笑顔を、俺はどこかで欲していたんだ。


マイクに借りた車のキーを握り、校舎を出る。
エンジンをかけた瞬間轟く洋楽。そっとボリュームを落とし、寮の前に車を回した。

「…先生」

スウェット姿でしゃがむアイツが、俺を見て立ち上がる。ぽかんと口を開けているアイツを呼んだ。

「乗れ」
「は?待って、どっか行くの?てか車?え?」

控え目に慌てて見せて、アイツは少しだけ嬉しそうにはにかみこう言った。

「先生、車運転出来るんだね。意外!…着替えてくるからちょっとだけ待ってください」

踵を返して寮に入る背中を止めるのは不粋だろう。窓を閉め、これからの事を考えた。
/ 156ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp