第10章 eraser
あの夜、咄嗟に抱き寄せた事を後悔した。
だけど少しでも紛れさせる事が出来るなら、そう思ったんだ。
それから程なくして、アイツは極端に他者との接触を拒む様になり始めた。
「相澤先生、私心配だわ」
冬の寒さが身に染みる早朝、蛙吹が俺を呼び止めた。団栗眼で首を傾げてぽつりと零す。
「……何がだ」
分かっていた。目の前にいる教え子が言いたいこと、アイツが俺に向ける感情に気がついていること、全て、分かっていた。だが俺は知らぬ振りをした。
「まいかちゃんの事よ。元気が無いの。お出かけに誘っても部屋に篭りっきり。ずっとよ」
人差し指を顎に当て、下を俯くその姿に何故かアイツを重ねてしまった。小さく震え、声を殺し泣いていたあの姿。
「そうか、先生も注意して見ておく。蛙吹、まだ朝早いから寮に戻りなさい」
どうすればいいか分からない、そうやって言い訳をして逃げている自分が、酷く下らない人間に思えた。傷付いた人を癒す力も無いのにヒーローと名乗っていいのか、今の自分が出来る最大限は何だ。
胸をじわりと焦がす朝焼けに、目頭が熱くなった。