第10章 eraser
「私、先生の大切な人になりたかった」
嫌な勘は良く当たる。少しは変わったと思っていた。
無駄な感情を、未来への原動力に変え始めた、そう思っていた。
「まいかは大切な生徒だ」
「…そうじゃない」
普段、俺が立つ教壇でアイツは静かに泣き出した。
それに気が付き、歩み寄ろうと立ち上がった瞬間、止められた。
「ごめんね、私、汚いから…近寄っちゃダメだよ」
涙と共に零す言葉の意味が理解出来ずにいると、アイツは更に言う。
「ね、座って…少しだけでも先生の暖かさ、椅子に染み込ませといてよ」
「何が言いたいんだ」
次の瞬間、俺は言葉を失った。
教師としてなのか、ヒーローとしてなのか、一人の男としてなのか。
「私、レイプされちゃった。個性使う間も無く、先生が折角教えてくれた事、何にも生かせずに…雄英の生徒なのに」
分からなかった。だけど、駆け出し、抱き寄せた。
「汚れちゃったんだよ。だから触らないでよ先生」
ギリギリに保っていた理性。
好きだとかそれに応えるだとかよりも先にアイツを腕の中に引いた。
「…汚くないから、大丈夫」
「調子狂うからさー、みっともない除籍だーって言ってよ」
「黙りなさい…」
気丈に振る舞うその肩は小さく震え、次第に声も震え出す。
「…知らない子が絡まれてた。助けなきゃって、駆け出したの。助けなきゃって……でも先生、その知らない子が逃げたのはちゃんと見た。私、私…ちゃんと見たよ…」
「もう良い。喋らなくていいから…」
ヒーローとしてとるべき行動をとったアイツが、そんな目に合ってしまった。俺はなんと声を掛けていいのか少しも分からなかった。
その出来事は、アイツに対する思いが少しずつ歪み、あるべき道から離れていくきっかけだった。
宵闇に紛れ、静かに抱き締めた温もりは今でもまだ手の中にある。ちゃんと、ある。泣きじゃくる背中越しに伝わる心拍音が今でもまだ、体に染み付いている。