第10章 eraser
「今日は先生方に特別に時間を作って頂いた。存分にしごいてもらえ」
二年に上がる前、校長の思い付きで設けられた実戦演習。
あの日以来、接触は無くただ事務的に日々が過ぎていた。
「セメントス先生、うちとお願いします!」
「オールマイト、少し良いですか?」
それぞれの個性に合う教師に手合わせを願う生徒達。
「先生、お願いします」
背後から声をかけられ振り返ると、下を向いたアイツが立っていた。
「……はいよ」
接近戦が弱い事をこの一年で思い知ったのだろう。密かに行っていた筋力トレーニングや基礎体力作りの成果を見ておこう。
先手は譲れない。演習だろうとここに居る限り、手加減は失礼だ。
女子相手と気を抜く事も無用。拳を打ち込み、壁際へと追い詰める。
「まいか…お前は一年何をしていた。下らないことばかり…」
これで最後と拳を振り上げる振り。すると口元の血を拭い、アイツは叫んだ。
「っ…お茶子ちゃん!」
「オッケー!まいかちゃん!」
最後だと踏み込んだ瞬間、麗日が体育祭で見せた瓦礫の流星群が降り注ぐ。
「………最初からチームアップだったのか」
即座に避けて、問うと二人が頷いた。
「セメントス先生のコンクリを砕きまくってたのはカモフラージュって事か……やるな」
「ずるいかもしれないけど先生相手じゃまだ一体一はキツいもん。私は体育祭も職場体験も合宿もインターンも……何も実績を残せてない。けど、ずっと見てきた。クラスメイトの皆も、先生も、ずっと見てきた」
「まいかちゃんが考えてん。私の体育祭のやつ貸してくれって」
不意に笑いが込み上げて、口元が緩んでしまった。
それを見逃す筈のない二人が走り出す。
「ずるいとかそういうのは無い。ただ勝ちに来い、本気で」
「あったり前やん!先生やからって手ぇ抜かんし!」
「秘策はないから全力でいく」
あの廊下で鼻をすすっていたアイツにかけた言葉を少しずつ後悔し始めたのは案外すぐだった。
アイツは、アイツなりに前に進もうとしていたんだ。