第1章 intention
幼いお付き合いに終止符を打てたのは、高校三年の梅雨時期だった。インターンに追われる二人はずっと、白線渡りの延長線でこのまま清い関係で終わる様な気がしていた。
通り雨に降られた帰り道。慌てて近くの商店の軒下へと滑り込んだ。
「まいか、家…来るか?」
その一言の意味が分からない程、私は初じゃない。クラスのあちこちで捨てたか捨ててないかの話くらい持ち上がるのだから。
「…うん、行く」
途切れた白線、飛び越え新しい白線へ。そうやって前に進むのだろうか。彼の家へ行くと、決まり文句の様に彼は言う。
_______今日、親帰って来ねぇから
冷えた肌を温める湯を浴びながら、知っているけど知らないシャンプーの香りを身に纏い、彼が待つ部屋へと向かった。
「お風呂、ありがとう」
私の濡れた制服にドライヤーを当てながら彼は頷いた。
「部屋、行くか?」
ぎこちない問い掛けに、ぎこちなく応じる。
静かに開かれた扉の向こうへ足を踏み入れる。次にこの扉を開く時、私であって私じゃなくなる。そう考えるとなんだか変な気分になった。
「相澤ぁ…私、アレ持ってないよ」
「…ある。大丈夫だ」
暖かな掌が私の心臓に一番近い所に舞い降りる。少し伸びた彼の髪から、良く知った香りが落ちてくる。初めての行為に、胸が痛い。きっと今世界で一番煩い場所に手を置く彼にはこの痛みだとか恥ずかしさだとか、幸福さだとか、全部分かってしまうのだろう。
「相澤と同じ匂い」
自分の髪と彼の髪を触って、痛みを堪えて笑って見せた。
「名前、名前で呼んでくれ」
眉根を寄せて、彼が言う。鋭い目付きに背中が弓形に反ってしまう。
「消太…しょ、うた…大好きだよ」
守らねばならぬ薄く厚い壁が煩わしい。その矛盾に塗れた壁越しに感じた彼の温もりを忘れようにも忘れられなかった。