第5章 BLOOD SPLASH
その夜、私は初めて彼からの夜の誘いを断った。
彼の柔らかい髪や、なめらかな肌が堪らなく怖くて。
「ごめん、そんな気分じゃないの」
たった一度、一晩の一言から歯車が狂い出す。
「やだ…やだもう止めて…シたくないんだってば…」
涙ながらにそう告げてもそれは意味の無いガラクタになっていく。
「あァ?誰のお陰でこんな広ぇ家に住めてんだ。やだやだ言っても結局アンアン鳴いてんだろが…」
抱き疲れ、泣き疲れ、眠りに落ちて、静かに家を出る。
そんなぎくしゃくした恋人とは言えぬ日々が続いた。
互いが壊れていく様を見て見ぬふりを続けた。
彼を愛していたのは本当。だけど、今のままでは彼が彼で無くなる。ならば潔く離れ、テレビ越しにでも彼に恋心を持ち続けたいと思ってしまった。
朱を見つめ、別れを切り出した途端に彼が言う。
「嘘と言え」と。
初めて見た潤んだ朱に胸が張り裂けそうになったけど、もう彼を、爆豪勝己を愛していないと心が叫んでしまった。
「他の野郎がええんか。上等だコラ…一生俺を消せねぇ呪いかけたるわ」
そして漂うのは微かな香り。握られた左手の右から二番目。
「痛い!!」
熱なのか痛みなのか分からず、咄嗟の衝撃に転がり出た言葉を聞いて彼が立ち上がった。
「事務所行く。さっさと消え失せろクソアマ…」
乱暴に閉められた扉が悲鳴を上げた。
左手をみると、私の左薬指が赤黒くなっていた。
いとしさがかなしさに変わる。失ってはならない愛を失って、私は呟いた。
「サヨナラ、愛してた」