第3章 midway
野球を辞めた彼は信じられない位に荒んでいった。
グラウンドを睨み、下を向いて唇を噛み締める彼に私は何も言ってやれなかった。そんな痼りがまだ、心のどこかに住み着いているみたいで、たまに夢を見る。
目が覚めた時、ぶつけようのない憂鬱さに苛まれるのだ。
そして彼は箱根学園へと進学をした。私は毎夜彼に電話を掛け続ける事が精一杯だった。何度掛けても、彼の声を聞くことは叶わなかった。それがある日通じたと思ったら、彼は開口一番、バツが悪そうにこう言った。
「オレ、チャリ乗るわ」
突拍子の無い一言に思わず吹き出したのを今でもたまに思い出して笑ってしまいそうになる。
「…オレ、まだまいかにちゃんと会える自信ねェけど、いつか、いつか…あの、なんだ…」
「何?」
しどろもどろになりながら彼が一生懸命に言葉を選び、紡ぐ姿が頭に浮かんで、目頭が熱くなるのが良く分かった。
「ン、いつか迎えに行く」
「うん。待ってるね」
電話に出なかった日々の謝罪も、彼が荒み私に吐いた大小様々な暴言も、彼が前を向き進み始めようとする姿に、全部チャラにしてやろう、そう思ったのだ。
そして高校三年の夏。彼が私を誘った。
家に届いた封筒の中には、横浜から江ノ島への切符が入っていた。
その夜、彼は言った。
「レース、見に来いよ」
彼と最後に会ったのはいつだろう。一年中彼は部活のことを考えていた。その邪魔だけはしたくない、心の奥底からそう思った。だから私は彼が迎えに来てくれるまで待とうと誓ったのだ。