第20章 Dawn rain
彼の言葉がやけにクリアに響いた。
そして思わず聞き返す。
「……初恋?」
「そう、初恋」
サラリと言い切る彼は、もう立派な成人男性であの頃のままなのは私だけの様だ。
「あー、うん。こんな時に言うのってなんかズルいよね…ごめんね」
頬を掻いて笑う彼を穴が開くほど見つめて、涙が止まらない。
「僕はずっとまいかさんが好きだったんだよ」
伏せた瞳を縁取る睫毛に細かい雨が降る。
何も言えない私に、更に彼は言う。
「今も、好きだよ」
今日の為に用意したワンピースは雨にやられて台無しだ。
今日、私はケリを着けようとした。
今日、朽ち果てた思いを雨と一緒に洗い流せそうだ。
「私は緑谷くんには相応しくない」
「そんなの、まいかさんにも僕にも分からないじゃないか」
じりじりと此方に歩み寄るから彼が徐々に濡れていく。
「だめだよ、緑谷くん…濡れちゃうから近寄らないで」
「そう、だね。じゃあまいかさんがこっちにおいでよ」
引っ張られて夜空。一歩下がれば雨空。
この不思議な空の下で泣く私と困ったように笑う彼。
街ゆく人はそんな二人など気にもとめないのだろう。
「かっちゃんに言われたんだ。追い掛けないなら俺が行くって」
夜空の下で彼が恥ずかしそうにそう言った。
「そこまで言われなきゃ勇気が出ないなんて、僕ってまだまだだね」
ゆっくりと引き寄せられて腕の中。濡れた体に染み渡る彼の温もりに速かった心音が落ち着いていく。
「緑谷くん、私ね」
「待って」
背中を撫でられ、言葉を止められた。
「僕が言うよ。まいかさん、あの頃の僕は目の前の壁を乗り越える事に精一杯で君に想いを伝える事が出来なかった」
凛とした声が耳を貫いてこそばゆい。