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ENCORE

第20章 Dawn rain


視界がぼやけて走りにくい。目に飛び込む全てに思い出が貼り付けられていて、目の淵から思いが零れ落ちてしまいそうだ。

廊下、彼に呼び止められ振り返る緊張を知った。
教室、彼を探す癖がついた。
食堂、彼が楽しげに笑う顔に胸が踊った。
中庭、いつも居る陽気に嫉妬した。

幼い私が大人になる為、知るべき感情をこの学舎で知った。そのどれにも彼がいて、やっぱり涙が溢れそうだ。

下駄箱、雨の日に差し出された彼の傘。熱くなる頬を雨の湿気で落ち着かせようと躍起になった。

「帰るんか」
「あれ、爆豪…帰ったと思ってた」

今、目の前にいる紅の瞳を見てしまえばきっと涙が頬を伝い、そして全てがバレてしまう。
俯いて笑って言った。

「……言ったんか」
「何を?」

胸に隠した朽ち果てた思いは誰の目にも触れさせてはならない。捨て切る事が出来ないのならいっそ額にでも入れて、いつか笑い話に出来た時、胸に飾ってやろうと決意した。

「クソデクに……」
「緑谷くんに何を言うのよ」

そっと袖口で涙を攫って精一杯の笑顔を見せた。
なんて顔をしているんだろう。紅の顔を見てそう思った。
掴まれた手首から、ひとつ、またひとつ。紅の指を外して小指。

「アイツなんかやめて…」

最後のひとつを外して手首から全身に、小さな振動が駆け巡る。

「爆豪」

何かを言おうとした紅を言葉で遮り私は言った。

「私、爆豪と出会えて良かった。最高の友達だよ」

そして飛び出す学舎。瞬間、舞い踊る桜吹雪に行く手を阻まれ立ち止まる。
地面に落ちた花弁を避けて私は静かに家路についた。


がらんとした自室。何も無い部屋に滑り込んだと同時に涙が溢れ出た。
二度と着る事も無い制服に身を包んだまま、私は泣いた。この先数年分の涙を流して微睡む。

ヒーローは泣かない。私は泣かないヒーローになるのだ。

サヨナラ、友よ。
サヨナラ、青春。
サヨナラ、雄英高校。

サヨナラ、私の初恋。
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