第19章 パンの耳
彼の端っこを受け止めて静かに胸に蓄えてきた。
彼が何を望み、どんな言葉を待つか、どんな女を好むか。
この一年、ただ一人悩み選んできた。
次は彼が選ぶ番。
「まいかさんがおらへん学校はなんやつまらん」
ありがとうを飲み込んだ彼が次に吐き出した言葉。
その言葉の端っこも、大切に蓄えよう。
「私も御堂筋くんに会われへんのは寂しいよ」
彼の細い身体を腕に仕舞い込んで囁いた。
「まいかさんの音がするなぁ…」
今にも崩れ落ちてしまいそうな彼の声が胸に響いて全身を震わせる。
「学校では会われへんけど、私はずっと御堂筋くんを思っとるよ。いつだって私の心には御堂筋くんがおるんやで」
赤子をあやす様に頭を撫で言葉を降らせれば、安心し切った子猫みたいに頭を擦り寄せてくる。
こんな彼を、離せようか。離せるはずがない。
「…ホンマ?」
「じゃなきゃ今日も飛んでこおへんよ」
捨てられることを恐れるのは、本能だ。
掌に先に閉じ込めたのは、きっと私。
「ボクゥは、余計なモノはいらん」
「私が余計なら、捨てたらええよ」
捨てられたくないと縋る術を知らぬ彼を私が手を引いて導いてあげよう。
「せやけど、ずっと私は御堂筋くんの側におる。それだけは忘れんといてな」
自らの口を震わせ、丁寧に紡ぐ言葉を彼がどう受け取るか。
そんなもの、本当の所は分からない。けどきっと。
彼が望むなら、私は心の窪んだ真ん中も、出っ張った隅っこも全部全部、さらけ出したいのだ。
「なぁんも望まんよ。ただ御堂筋くんのいらんモノ、全部受け止めてあげる」
彼の耳は冷たくて、触れた唇さえも冷えそうだ。
拾い上げる事が出来ぬなら、エゴと言われても構わない。傘をそっと傾けてやりたい。