第19章 パンの耳
へたりとベンチに腰掛ける彼の前に立ち、言葉を探して見当たらない。
静かに強ばった手で頭を撫でると意外にも静かに撫でられている。
「食堂の右端三番目に知らんザクゥが座っとった」
投げ掛けられた数字に、一度首を傾げてハッとする。
普段は見る事の無い彼の旋毛。
「卒業したからねぇ、仕方ないわ」
彼の前にしゃがみ込み、彼の頬へ手を滑らせて余りの滑らかさに胸が痛くなる。
「下駄箱も空っぽや」
「もうすぐ埋まってまうよ」
いつもの圧も消え失せて、ただどうしようも無い感情を捨てたいのに捨て方が分からないのだろう。
項垂れぽつりぽつりと語る彼の真ん中は、何があるのだろう。
何も無いのかもしれない、でもあるのなら、可能なら見てみたいと思ってしまった。
「まいかさん、サヨウナラや。もう会わへん」
それが十六になったばかりの彼の精一杯の捨て方なのだろう。
弱々しく手を振り払い、そう呟いた彼がいつもより小さく見えてしまった。
「ボクはこんなくぅだらん事に現抜かしとったらアカンのや」
窓から差し込む光も無くなった。薄ら分かるのは彼の影と、彼の影に隠された私の影だけ。
「最後やからな。特別や、ありがとう言うたるわ」
ばっと顔を上げて大きく開いた口に指を押し付けた。
「ありがとうなんていらんよ。私は、私が望んで此処に来た。私が望んで御堂筋くんに抱かれた」
脆い彼に私何かが負担になって良い筈がない。
十八の私はそうやって彼の気持ちに先回りする事、それが精一杯。