第19章 パンの耳
「まいかさんはコイビトォ言うやつになりたいん?ボクゥはそんなん作る気は無いねん」
気が付けば服に絡まる彼の指。
ひとつずつ丁寧に触れ、解き握る。
「恋人になりたいなんて言わんよ」
「せやったら、都合の良いオンナ?」
彼がふわふわ舞う不安を潰す。それで彼が安心するなら、全て否定してあげる。
そのどれにも、私はきっと当て嵌らない。
「私は、御堂筋くんのゴミ箱でええの」
「ゴミ箱ォ?なんやのそれ」
小さな声はまだ、消せない不安のせいだろう。
絡まった指を再び解き、両頬を包み込んだ。
「御堂筋翔くんは、いつか世界に翔く子ォや。いらんもん背負っとったら飛ぶに飛べへん。せやから、私にそのいらんもん全部押し付けてくれたらええ」
輝きが鈍くて掴みにくい彼の瞳をしっかり捉え、私は静かに静かに彼に言う。
「何かいらんもん背負った時にだけ、私を呼べばいい。世界の何処に居たって私は今日みたいに飛んでくるよ」
大きな瞳に吸い込まれそうになるのは、何度目か。
なんの関係もない年下の男の子に、私は何も望まない。
ただ、彼の端っこを、一口、二口、身体に蓄えたいのだ。
「………泣くんなら帰りや」
月が出た。そして、隠した涙を照らした。
運命はいつも意地悪だ。
ずっと隠し続けた涙で、なんとか過ごしてきた。
拭おうとして、無駄。
「帰らへんよ、私は御堂筋くんが世界に翔く姿を見たいんよ」
「アホくさ。ほんなら…ずっと見ときや。ゴミ箱は無いと困るもんやから。てっぺんまで連れてかなアカンやろ」
最後の端っこは大きくて、どうにも一口じゃあ飲み込めなかった。