第19章 パンの耳
眩く光り、素早く消える。
日曜日の夕方、それはいつもの合図。
急いで準備を整えて靴を突っ掛け走り出す。
家から学校までは三十分もかかってしまうから、走って、走って彼の元へ行く。
私を呼び出したのは、私となんの関係も無い年下の男の子。
少し、怖くて、少し、脆い男の子。
「……………遅い」
既に陽も落ち始めた頃。春先の暖かさがまだ居座る校内。
部室の壁に背を預け下を向いた彼が呟く。
「これでも急いで来たんよ」
つい数日前に巣立った学舎。何処か余所余所しさを感じるのは紅い花を咲かせたからだろうか。
「早う」
私の言葉などお構い無しに部室へと逃げ込んだ彼を追いかけてそっと扉を閉じた。
彼の大きく動きの少ない瞳に心を奪われたのは何時のことだっただろうか。
もう思い出せないくらい、此処で彼の端っこを受け止めてきた。
彼がいらないと言う全てを、此処で。
「服、脱ごか?」
「……今日はええ」
ボタンに手を掛けようとしたら、彼が遮る。
「まいかさんが学校におらんのや」
もう人も疎らになった学舎。彼のヤケに腹の奥に響く声。
いつもなら、此処でただ彼は私を抱くだけなのに。会話なんて、好まないのに。
「…卒業したからね」
誰よりも大人びた彼は、よく考えればまだ十六。
そのアンバランスさに時々頭がついてこない。
「不思議やなぁ。もう、会えんのかなぁ」