第18章 Sweet alyssum
ヘタレたスポンジに垂らすオレンジ。泡立たせていると背中がふわりと暖かくなる。
「いけん、眠うなる」
「座っときなよ」
電気を付けずにいても明るい部屋で私の首筋に息がかかる。
「そりゃいけん。まいかが終わるまで待つわ」
律儀なのか変わり者なのか。はたまた邪魔をしたいだけか。
長く一緒にいるがそれはその日の気分というやつだ。
「洗剤切れそうじゃね」
ボトルをちらりと見てそう言うと彼が問う。
「どこ」
「多分棚の上?」
左手は私に絡まり付いたまま右手で器用に扉を開いて探し当てたソレ。
「ん」
差し出された容器を受け取り移し替えしていると彼が話し出す。
「ミヤん所、結婚するらしいわ」
「ほんまぁ!アソコの二人長いもんなぁ。やっとやね」
箸の先端を丁寧に洗いながら返事をして肩に重み。
きっと少し寂しいのだろう。友人が一人また一人と変わっていくのが。
「すまんのぅ、まいか。もうちぃと待ってくれや」
「いや、私はまだ考えてないし…って言うか焦ってないから」
実際のところ、全く焦ってない訳では無い。
高校を卒業して暫くして友人の紹介で出会った同い年の彼といつの間にか一緒に暮らし始めて早五年。
ポストに舞い込む手紙を何枚も見ては微笑んだ。
「やけどもう三十前じゃ。そろそろ腹括らにゃならん」
いつだってそう言って、彼はしょんぼりして終わる。
「ん、けど私は今の感じで満足しとるよ。諒ちゃんを見送って、諒ちゃんが帰る前に帰って料理して待ってれるのほんまに幸せっちゃ。やけ、気にしたらいけん」
掛けたタオルで手を拭いて頭を撫でると擽ったそうに身を捩り彼が笑った。