第17章 the world
花魁道中とは比べ物にならない程の閑散とした花街。
雨も原因だろう。
少し早めに花街へ足を運び、彼女を探した。
「まいか太夫!」
玄関先で佇む姿を見て、駆け寄ると一瞬目を大きく見開いて空のように曇った顔で笑う。
「ご苦労さん、今日はよろしゅう…」
「違う、僕は貴方を救いに来た!今ならまだ人も疎らだ…逃げよう!」
まだ他のヒーローはいない。花街の人間もこの雨で通りにはほぼ居なかった。
「ファントムシーフ、こっち」
焦る僕など知らんとばかりに、ゆっくりと手を引いて彼女は遊郭の一番大きな柱へと進んだ。
「見て、これなウチの遊女が毎年測ってる身長なんよ」
黒ずんだ柱に刻まれた無数の線。名前、日付、年齢。
字が見えないものもある。
「歴史ってやつやろ?私なぁ、この柱が愛おしいねん。この遊郭も、花街も。だから私はファントムシーフとは行かれへんの」
何か言いたかった。だけど、口からは唸り声の様な短い音しか転がり出てこない。
「本当に、本当に…もっと早う会いたかったって思う。せやけど、私なんかも夢を見てええんやって、知れて…良かったわ」
綺麗に施された化粧が台無しになりそうだ。
白い肌に赤い紅が良く映える。彼女らしい、落ち着いた伽羅色の着物が胸に、僕に、染みる。
「泣いたらお化粧台無しや。雨やから関係無いかもしれんけどな」
けらけらと笑い奥へと一人歩く背中を見送れば、後ろから先輩の声がする。
「ファントムシーフ早くね?」